刊行物

「ヘリテージ」

第35回 「湘南港(江の島ヨットハーバー)」

鎌倉時代から武士の信仰を集め、近年はマリンスポーツのメッカとしてにぎわう神奈川県・江の島。
その東南部に開かれた湘南港は、1964(昭和39)年の東京オリンピックで競技会場として用いられた国内最大級の公共ヨットハーバーです。この施工を当社が担当しました。

湘南港(出典:公益社団法人 土木学会)
湘南港(出典:公益社団法人 土木学会)

島ならではの難工事

江の島は、古くから湘南を代表する景勝地として名高く、近隣に多くの海水浴客が訪れる観光地としてにぎわってきました。一方で、昭和30年頃から砂浜の浸食が進み、その対応策を急ぐ必要がありました。
調査の結果、島の東南部に護岸用防波堤を築くことが有効と分かり、同時に、防波堤を利用して大型観光船の発着港を整備する計画が立ち上がりました。
1959(昭和34)年5月、国際オリンピック委員会総会で第18回大会の開催地が東京に決定し、海上競技のヨットの会場が神奈川県となりました。これを受け、同時期に計画が進んでいた湘南港に、ヨットハーバーやクラブハウスを建設し、五輪施設とすることが決定。1961(昭和36)年に土木工事が着工しました。
工事は、島という立地ゆえの問題を解決しながら進められました。当時、島との連絡は歩道橋のみだったため、資機材搬入用に自動車専用道路を築造。陸上に十分な材料置場を確保することも難しく、セルラーブロック※1やテトラポッドのような大きな資材は、近くの葉山で製作し、海上をえい航して据え付けました。
ブロックの中詰めには、技術導入して間もないプレパックドコンクリート工法※2を採用。水中作業でも、コンクリートの一定強度を確保し、その後、横浜の大黒大橋や本四連絡橋の因島大橋などにも採用されました。
外海に面しているため、高波の影響を受けるなど、作業は困難を極めましたが、港湾工事は約2年という速さで完了しました。

竣工当時の湘南港写真中央左に写る白い屋根がクラブハウス

※1セルラーブロック      鉄筋コンクリートで4面の壁面を形成し、底がないもの。防波堤の直立部や岸壁壁体として使用する。

※2プレパックドコンクリート工法型枠内にあらかじめ充填した粗骨材に、膨張性モルタルを注入してコンクリートを製造する工法。

 

元五輪代表が設計したクラブハウス

当社は、港湾工事に続き、ロッカー室や食堂などを備えたクラブハウスも施工しました。
設計は、東宮御所などを手掛けた谷口吉郎と、東京大会の4年前にヨット代表として五輪出場経験を持つ山田水城みずきが担当。山田は、国際的なクラブハウスのデザインに、日本的要素を取り入れ、ヨットの帆を想起させる白い屋根を日本古来の切妻きりづま※3型に仕上げました。
三角形の板を折板状につなげた屋根とそれを受ける柱は、角部の納まりが複雑なうえ、コンクリート打放し仕上げのため、当時の担当者は型枠の施工図を何度も書き直して工事に当たったと語っています。

2014(平成26)年、50年のあいだ潮風に耐えてきたクラブハウスは、老朽化による建て替えのため解体されましたが、防波堤や護岸堤防は、現在も当時のままです。
2016(平成28)年には、土木学会から「海洋文化の発展に大きく寄与し、五輪とともに歩む貴重な土木遺産」として認定されました。

ハーバーから見たクラブハウスヨットの帆をイメージした切妻屋根が三方に延びる。現在は解体され、新しいクラブハウスが建つ

※3切妻棟の両側に流れる2つの斜面からなる山型の屋根。