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「ヘリテージ」

第37回 「松籟閣(旧平澤家住宅)」

2018(平成30)年8月、朝日酒造創立者の邸宅だった「松籟しょうらい閣」が国の重要文化財に指定されました。当社は、1934(昭和9)年の増築工事以来、80年以上にわたり、さまざまなかたちでこの建物に携わってきました。文化遺産として、注目が集まる松籟閣と当社の関わりを紹介します。

松籟閣外観、緑色の屋根が応接棟
松籟閣外観、緑色の屋根が応接棟

時代を映すハイカラな住宅

米どころ、水どころとして知られ、全国屈指の日本酒生産量を誇る新潟県。中でも、県内最多の蔵元が集まる長岡市に「久保田」や「越州」で知られる朝日酒造があります。
松籟閣は、朝日酒造の創立者・平澤すけ氏の邸宅です。昭和初期に地元の大工棟梁が手掛けた主屋棟は、木造平屋建(一部2階建)。正面玄関の屋根には形の異なる破風はふが位置をずらして連なり、重厚感のあるたたずまいを成しています。
一方、室内は欄間らんまや障子に繊細かつ緻密な細工が施され、天井や柱の材料にケヤキの一枚板やカエデ、タガヤサンといった銘木を用いるなど、非常に凝った造りになっています。

タガヤサン鉄のように硬いことから鉄刀木と書く。檀(したん)、黒檀(こくたん)と並ぶ唐木三大銘木のひとつ。

美しい装飾が施された応接室
美しい装飾が施された応接室
細部まで贅(ぜい)を尽くして仕上げられた主屋棟の茶の間
細部までぜいを尽くして仕上げられた主屋棟の茶の間

当社は、1934(昭和9)年に主屋棟とつながる応接棟と寝室棟の増築を設計施工で手掛けました。設計を担当したのは、住宅設計係長の大友弘です。1904(明治37)年に15才で入店して以来、一貫して設計に従事した大友は、銀行や住宅の設計を得意とし、新潟県内に残る新津邸(現新津記念館)や鍋茶屋をはじめ、川崎銀行佐原支店(現佐原三菱館・千葉県)、根津別邸(現起雲閣・静岡県)などを手掛けました。
玄関脇の応接棟は、洋風デザインの応接室で、室内をドイツ製の壁紙やしっくい彫刻の天井、シャンデリアなどが彩っています。ステンドグラスとしょくだい形の電灯に両脇を飾られた大理石貼りの暖炉は、当時最新の電気式でした。

主屋棟の北東に位置する寝室棟は、書斎と洋風寝室からなります。洋風寝室の装飾は、アール・デコ様式。アール・デコの特徴である直線的なデザインを、丸窓のステンドグラスや開き戸のモザイクタイル飾り、寄木細工の床などに見ることができます。
和風住宅の一部に洋風を取り入れる和洋折衷スタイルは、大正から昭和初期の住宅に多く見られる特徴です。時代の最先端のデザインおよび設備を自邸に取り入れた平澤氏のハイカラな一面を、建物からうかがい知ることができます。

寝室棟の洋風寝室
寝室棟の洋風寝室
寝室棟
寝室棟

創業者ゆかりの歴史的遺産として後世に継承

ジャッキアップされ、曳家用のレールに載った建物
ジャッキアップされ、曳家用のレールに載った建物

2001(平成13)年、朝日酒造の新しい製品倉庫建設計画に際し、新設する建物が松籟閣と干渉することとなりました。
「松籟閣は創立者が築き、暮らした住宅であるとともに、その思いが宿る場所でもある。歴史的遺産としてそのままの形で後世に残したい」という同社の強い意志を受け、当社は建物全体を70m程曳家ひきやして移築しました。
150余坪の凸凹の多い複雑な建物の原型を保持したまま移築するためには、廊下で結ばれた3棟を切り離さずに連続したままで曳家しなければならず、高い技術力が求められました。さらに移築先の敷地条件から、曳家の途中で30度ほど旋回が必要でした。

この他にも、建物形状に合わせた新設基礎の施工や100枚を超す車寄せの敷石復旧など、さまざまな課題がありましたが、協力会社と力を合わせ2002(平成14)年に工事を無事に完成。付属する庭園も可能な限り復元しました。
移築後は、お客様の迎賓館兼文化施設として活用され、お茶会や作品展などを開催する地域の文化交流拠点となりました。

中越地震の被害を乗り越え、重要文化財に

そんな松籟閣を、強い揺れが襲ったのは2004(平成16)年10月23日のこと。マグニチュード6.8の直下型大地震、新潟県中越地震です。震源地が近かったこともあり、松籟閣も甚大な被害を受けました。
当社は地震直後からその被害状況を調査。軸組の一部が変形したことで建物全体がやや傾斜していた他、応接棟屋根の棟飾りや外壁の煉瓦タイルが落下していました。
室内は被害が非常に大きく、廊下や部屋の土壁のほとんどが崩落。床一面を覆うほどでした。その他に、しっくい仕上げの天井や壁紙、ステンドグラス、建具の一部にも亀裂や損傷が見つかりました。

被災直後の洋風寝室と書斎
被災直後の洋風寝室と書斎

被害はほぼ全室に及ぶものでしたが、幸いなことに建物の修復が困難なほどの重大な損傷は免れました。そこで翌年の雪解けを待ち、2005(平成17)年5月に復旧改修工事に着手。同年12月に工事を終え、同時期に新築工事を行っていた新製品工場とともに引き渡しが行われました。
建物を大切にし、後世に残そうというお客様の強い思いと、それを実現しようという当社の思い。両社の思いが重なり、松籟閣は数度の困難を乗り越え、現在まで受け継がれてきました。そして、2018(平成30)年「近代新潟の主要産業である酒造業の創業家による昭和初期の優れた住宅建築として高い価値を有する」として国の重要文化財に指定されました。
建物の意匠や装飾の素晴らしさだけでなく、地域の産業、文化、歴史を伝え、当社にとってはお客様との大切なつながりとなる文化遺産として、今後も守り続けたい貴重な歴史的建造物です。